トラッドと古楽の新しい乱聴記
●2012年1月18日(水)SARAVA東京
●出演:八次源(九次源)
武久源造(p,key)、福島久雄(g) 、立岩潤三(perc.)、
辻康介(vo)、近藤治夫(bagpipe etc.)、山口眞理子(vln) 、
布袋聖志 (箏) 、飯塚直子 (縦笛,perc.) 、キム・ナリ(ダンサー)
●曲目:
(第一部)
1)我がやどの(詩:大伴家持、作曲:武久源造)
2)なんにももたないばあさんがいて(詩:マザーグース/谷川俊太郎、作曲:武久源造)
3)カーサロサーダ(作曲:近藤治夫)
4)ひむがしの~しひなみしの(詩:柿本人麻呂、作曲:武久源造)
5)この世にし~験(しるし)なき~恋ひ恋ひて(詩:大伴旅人~大伴家持~大伴坂上郎女、作曲:武久源造)
6)幸せの方程式(作曲:武久源造)
7)佐保過ぎて(詩:長屋王、作曲:武久源造)
(第二部)
1)なかなかに(詩:大伴旅人、作曲:武久源造)
2)しびつくと~あらたへの(詩:大伴家持~柿本人麻呂、作曲:武久源造)
3)ひしおすに~石麻呂に(詩:長忌寸意吉麻呂~大伴家持、作曲:武久源造)
4)ヨークの殿様(詩:マザーグース/谷川俊太郎、作曲武久源造)
5)チックタック・ボーン(詩:マザーグース/谷川俊太郎、作曲:武久源造)
6)WHY DID'NT YOU SAY SO (作曲:福島久雄)
7)佐保のうちゆ~ゆうぎりに(詩:作者不詳~円方女王、作曲:武久源造)
8)霞たなびく~昔こそ(詩:大伴家持、作曲:武久源造)
9)いと汝背(なせ)の君(詩:作者不詳、作曲:武久源造)
(アンコール)
1)コトリベット(作曲:武久源造)
2)イベリアンダンス(作曲:福島久雄)
3)だいじなだいじな6ペンス(詩:マザーグース/谷川俊太郎、作曲:武久源造)
4)壬申(作曲:福島久雄)
鬼才、武久源造さんの率いる八次源は、一言では形容し難い、まさにファンタスティックで破天荒なグループだ。3年程前の「親鸞ズ」を出発点として拡張を続けてきたこのグループは、一国一城の強者揃いのメンバーが一同に会する事自体が簡単ではないのだが、「親鸞ズ」以降初めてとなる待望の東京公演がついに実現したのだ。
会場は、大人の雰囲気が漂う落ち着いた地下のライヴ・ハウスで、ステージは決して狭くないのかが、八次源が陣取るとほぼぴったり。まずイキナリ驚かれた事は、ステージの中央が空いていて、何故かな?と思うと、ナント、一曲目からピンクの民族衣装(?) のダンサーが登場して、全曲で華麗な舞を披露してくれた事だ。キム・ナリさんという(聞き書きですのでもし不正確でしたらすみません)韓国女性のこのダンサーは正式メンバーの様で、武久さんのトークではすでに八次源ではなく「九次源」になっていた!(本稿では以下、一応八次源と書きます。)
ワハハハ、グループ名からしてライヴ本番では「進化」しているなんて!こんなのあり得ないよね。もちろん、音楽的にも、おもちゃ箱をひっくり返したような多彩なサウンドが万華鏡の様に奏でられる八次源サウンドに一層の磨きが加わり、またリード・シンガーの辻康介さんの歌唱もより「着こなし」が良くなって、全体に説得力を増した印象を受けた。とにかく、これこそ世界でただ一つの音楽なのだ。
八次源のレパートリーはいつくかの種類に分けられるが、その中でも特に重要なものは、万葉集の詩に武久さんが作曲した曲だろう。これはもともとは、万葉集に縁のある奈良の「佐保山茶論」という瀟洒なプライベート・スペースでの演奏の機会に行われた試みだったが、ここ数年、何度となく武久さんとグループのライヴを企画して、この類の無いアーティストの活動を支えた佐保山茶論には、ファンとして心からの感謝を申し上げたい。
さて演奏は、まず武久さんの静かなピアノをバックにした辻さんの詠唱による万葉の名歌「我がやどの」で始まった。ピアノ?! そう、今回武久さんがメインに弾いたのは、チェンバロでもフォルテピアノでもなく、珍しくもグランドピアノだった。これは会場に備えつけの楽器のようで、楽器の運搬などの事情もあったようだが、しかしポジティヴな演奏のパワーはグランドピアノでも何ら変わらずにほっと安心。
そして件の女性ダンサーがいきなり登場してステージはぱっと明るくなったが、辻さんの、ゆっくりと言葉を置いていくような落ち着いた歌唱がそのまま続く。間奏では武久さんのピアノが美しく響き、それに立岩さんのダルブッカが絡んで早くも分類不能な八次源の音楽が開陳となった。
そして2曲目では、今度はいきなりマザーグースの世界へ突入である。今回のマザーグース・ソングでは、どれも充分身に馴染んだ感のある辻さんの歌唱が一層輝いていた。マザーグースのトップバッターのこの曲は前曲とは一転してリズミックなノリの良い曲調で、ここでは飯塚さんのはやしたてるようなリコーダーが何とも楽しく、それからクルムホルンなども登場して、万華鏡のようなサウンドが展開された。そして激しいダンスも...
ここで武久さんの名物トークが入り、親鸞ズから発展してきたバンドの経緯が楽しく説明された。そして続くは近藤さんのインスト曲「カーサロサーダ」。この曲は、ビスメロなどでも以前からお馴染みの名曲だが、ここではギター/ダルブッカ/キーボード/パーカッション(辻さん)/バイオリン/リコーダー/箏/バグパイプという八次源ならではの破天荒な編成ながらも、全員一丸になった熱いノリが何よりも印象的だった。ダンスも更にダイナミック。
4曲目では再び万葉集の世界に戻って、誰もが知る柿本人麻呂の名歌「ひむがしの(東の野にかぎろひの立つ見えて)」の登場だ。これはギター/ダルブッカ/キーボード&ピアノ/歌/バイオリン/リコーダー(またはローホイッスル?)/箏/バグパイプという編成で、武久さんのキーボードによる雄大な前奏と辻さんのストレートで力強い歌唱が印象的だった。そして武久さんのピアノがややジャージーで軽やかな演奏を聴かせ、そのまま同じく人麻呂の「ひなみしの」へと入っていく。武久さんはキーボードを弾き、立岩さんはフレームドラムにチエンジ、そしてギターや箏やバイオリンがゆったりとしたサウンドを奏でて、辻さんが伸びやかな歌声を聴かせてくれた。
万葉歌の世界はそのまま更に続いて「この世にし~験(しるし)なき~恋ひ恋ひて」セクションに突入。まず「この世にし」では武久さんのピアノによるモダンなサウンドと辻さんの力強い歌声が印象的だったが、このセクションではやはり「恋ひ恋ひて」が白眉だった。武久さんも直前のトークで、「今夜ここだけが女声の歌ですからお聴き逃しなく」といった説明をしていた通り、山口さんと飯塚さんによる透明な歌声によるエモーショナルな恋歌が楽しめた。このお二人の歌声もよく聴くと、飾りの無い清楚な山口さんと、ややハスキーで色つやのある飯塚さんというように違うのがまた面白かった。
続く6曲目は武久さんの名曲「幸せの方程式」(器楽曲)だ。ギター/パーカッション/ピアノ/パーカッション(辻さん)/バイオリン/リコーダー/箏/横笛(近藤さん)による滑らかで明るい演奏。親しみやすくてポジティヴな音楽に包まれて、ほっとするような時間であった。
第一部のラストは再び万葉歌の「佐保過ぎて」。これは5声のフーガにしたという音楽で、リコーダー/バイオリン/箏などによるクラシカルな響きをバックにして辻さんが落ち着いた歌唱を聴かせてくれた。
さて第二部は、まずまた万葉歌の世界からで、最初の「なかなかに」では、これももちろん全員での演奏だが、特に印象的だったのは武久さんの同時弾きの静かなピアノとキーボードの織りなす音楽と、辻さんの渋い魅力の歌声。続く「しびつくと~」では、山口さんのゆったりしたバイオリンと武久さんの優しいピアノを背に、辻さんがキリリとしたバリトンの詠唱を聴かせてくれた。このキリリとしていてしかも柔和な歌声は素晴らしい。更に「ひしおすに~石麻呂に」では冒頭の、ハッとするような美しいピアノや「石麻呂に」の生き生きとした歌声が耳に残った。
そして再びマザーグースの世界へ。4曲目の「ヨークの殿様」はこれこそ八次源ならではの多彩な音が「弾けた」演奏で、これは楽しい!! いちいち書き切れないが、例えば山口さんのバイオリンのピッチカート演奏など小道具も満載だ。そして辻さんのキリリとした歌声がバッチリ決まっていた。
そして出ました、マザーグースの傑作曲「チックタック・ボーン」。これは最初の親鸞ズのライブの時から一聴して個人的に惚れ込んでしまった曲で、何といってもキャッチーなメロディーとノリの良い演奏が今回も最高だった。真夜中の大時計にネズミが駆け上るという内容の歌で、真夜中らしく、武久さんのピアノ、山口さんのピッチカート・バイオリン、そして飯塚さんのロー・ホイッスルによる何やらブキミなイントロに始まり、辻さんの元気の歌声が響いてシャキっとした演奏と歌が展開された。間奏のホイッスルと箏と近藤さんの横笛というユニークなサウンドも楽しかった。
さて、ここで一旦雰囲気を変えて福島さんの作曲によるインスト曲「WHY DID'NT YOU SAY SO 」。これはギター/フレームドラム/ピアノ&キーボード/パーカッション(辻さん)/バイオリン/パーカッション(飯塚さん)/箏/横笛(近藤さん)で、細やかでノリの良い福島さんのギターと武久さんによるキーボード&ピアノの同時弾きによって軽やかに進行していった。そして山口さんのバイオリンや近藤さんの横笛の滑らかな演奏。軽やかながらも八次源らしい多彩なサウンドが心地良かった。
そしてまたまた万葉歌の世界に戻ったが、ここからがいよいよ聞きどころであった。まず7曲目の「佐保のうちゆ~」の音楽は何とアイリッシュ・ジグ(!)を武久流に八次源サウンドにしたもの。近藤さんのバグパイプと布袋さんの箏という意表を突く組み合わせに、ピアノ、ギター、ダルブッカなどが加わって、冒頭からイキナリ、力強いジグのリズムでバンド全体が行進曲風にイケイケに燃えた。そして歌唱は辻さんのキリっとした歌声に、山口&飯塚さんの女声も加わるという豪華版。これは聴き手としても一気に熱くなった激演であった。
武久さんらしいアイリッシュ/ケルト音楽への深い造詣は続く8曲目の「霞たなびく~」でも発揮された。ここでは有名な「My match is made (僕のお見合いが決まった) 」という有名なアイリッシュ・ソング(アルタンなどが歌っている)からの一度聞いたら忘れられないメロディーを基にして、それに独自の美しいウラメロ(第二の主旋律)を書き加えた素晴らしく魅力的な音楽に乗せて万葉歌が歌われたのだ。福島さんのギターと立岩さんのパーカッションなどによる落ち着いていてフリーな感覚の演奏の上で、辻さんが溌剌とした歌声を聴かせてくれて、実に良い気分になった。
そしていよいよクライマックス。9曲目の「いと汝背(なせ)の君」も万葉歌で、前半は鹿を狩る狩人の歌、後半は捕獲された鹿が自分の身体を有効に使って欲しいと独白するという何とも不思議な歌なのだが、音楽的には前半の狩人の歌が素晴らしく印象的だった。
ピアノとギターによる美しいイントロに続いて、朗々とした辻さんの歌声、そして、何と全員のコーラスで「ほうやれいほう」と民謡調のしみじみとしたリフレン(この部分は歌詞も武久オリジナル)が歌われたのだ。この曲も佐保山茶論での演奏で耳馴染みであったが、今回のステージでは、より一層落ち着いてじっくり聴かせてくれて、本当にじーんとなってしまった。
えっ?ここで終わり?もっともっと聴きたいのに!と願う聴衆に応えて、ほとんど第三部のようなアンコール・パートが始まった。「コトリベット」はファニーなモジリのタイトル通り、箏の力強く硬質なサウンドのソロで始まり、ピアノとの滑らかな掛け合いを面白く聴かせる内に次第にジャージーになっていった。
ピアノ、ギター、ダルブッカ、そして飯塚さんのパーカッションなどによってリズミックな演奏が進行していったが、そのノリのいい演奏の中で、飯塚さんがリコーダーで「グリーンスリーブス」を吹いたり、辻さんが「赤いくつ履いていた女の子~」と歌うなど、皆が知っている曲を混ぜ合わせるという素晴らしくフリーな演奏が展開されたのだ。やっている事は一見ほとんどハチャメチャ寸前みたいなのにカオスではなくグループの音楽として力強く聴かせてしまうのが凄すぎる。
アンコールの2曲目は福島さんの傑作インスト「イベリアン・ダンス」。ギター/大型フレームドラム/ピアノ/パーカッション(辻さん)/バイオリン/リコーダー/箏/バグパイプによる演奏で、リズミックでカラッとしたラテン的なサウンドが奏でられた。バグパイプの朗々とした演奏に聞き惚れていると、手拍子が入って一層ノリノリに。福島さんのギターが一層力強くリズムを刻んでいった。
3曲目は、またマザーグースからの「だいじなだいじな6ペンス」。ここではひょうひょとした演奏と辻さんの歌唱で聴かせたが、特に間奏での近藤さんのゲムスホルンと飯塚さんのソプラノ・リコーダーの演奏は、諧謔味たっぷりで面白かった。
そしてついに大ラス、壬申の乱の「壬申」という武久さんの傑作が、ギター/太鼓/ピアノ/パーカッション/バイオリン/リコーダー/箏/横笛によって演奏された。大河ドラマの主題歌のような、ダイナミックで勇壮な曲。それを今回は特に親しみやすくキャッチーな感覚で見事に演じてくれた。バイオリンの美しさも印象的...でも、ついに今回はこれで終わってしまうのかぁ~!
八次源の類の無い魅力満載の、貴重な東京公演であったが、八次源の音楽は実はこれだけでは決してなく、筆者の知るかぎりでも、例えばヴィヴァルディの四季を、辻さんの芝居気たっぷりなソネットの朗読(武久さんによれば、もともとはオペラ歌手がこのように読んだに違いないとのこと)付きの破天荒な演奏などもオハコの筈で、是非是非、今後も継続的な公演を心から期待したい。
武久オーケストラの「八次源」が古楽の範疇に入るか否は分からない。もちろんジャンル分けなどはどうでもいい事だろう。でも八次源は古楽の根本的な要素のひとつである筈の既成の枠に囚われない自由な創造の精神が生き生きが伝わってくる二つと無いグループである事もまた確かなのだ。
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