『ブレンダンとケルズの秘密』アシュリン | Stundenbirne
アイルランドに現われた種族は、『侵略の書』(その中の「トァン・マッカラルの話」、10世紀)によると、次のような順序だった。
「セラの息子パローロンに率いられた24組の男女」、ノアの洪水から300年後
「ネヴェと四組の男女」、4030組まで増えた後、突然全滅して姿を消した
「ダナの息子たち」、ケルト人に滅ぼされたが、ケルトの神々として伝えられた
「ミレシアの息子たち」、おそらくケルト人とされ、紀元前265年頃から登場
田中仁彦、ケルト神話と中世騎士物語、1995年
その後アイルランドに来たのは、
東方からの修道士
ヴァイキング
DVD特典ブックレット The secret of Kells origins によると、アシュリン(アイシュリン)は「ダナの息子たち」Tuath De Danann の最後の生き残りだという。
I have lived through many ages, through the eyes of salmon, deer, and wolf.
アイシュリンの科白
語り手(トァン)が唯一神の一族と呼ぶトゥアハ・デ・ダナーン(母神ダーナから生まれた一族)こそ、全知全能の神ダグザや光の神ルーク、雄弁と霊感の神オグマや戦いの女神モリガンなどによって構成されるアイルランドのケルト神の一族だった。この一族は、次の来入者に破れると海の彼方や地下世界に逃れて妖精(シー)になったと語られている。
鶴岡真弓、ケルト/装飾的思考、183ページ
その後、17世紀には詩人にインスピレーションを授ける妖精とされた。アイルランドではdreamやvisionと同義だそうである(wikipedia)。シャヴァンヌも詩人にインスピレーションと栄光をもたらすアシュリンを描いていた。
Pierre Cécile Puvis de Chavannes, An Aisling 1883
ケルトの伝説には様々な動物に変身する話が多い(例えば『エーディンへの求婚』のエーディン、人間→毛虫→紫の蝶→(食べられて)人間→白鳥と転生する。トァン・マッカラルも牡鹿→猪→海鷲→鮭→人間と変身を繰り返す)。
「ダナ」はケルトの大地母神だから直系のアシュリンが変身(転生)する能力を持っているのも不思議ではない。『ブレンダン』のアシュリンは大地母神の二つの属性(生成と破壊)のうち、生成の部分だけを受け継いだらしい。
アイシュリンの両親はその後アイルランドにやってきた「闇」の勢力と戦い、滅ぼされてしまった。アシュリンがブレンダンに協力するのは、アイルランドにもたらされたキリスト教が「闇」を「光」に再び変える可能性を秘めていたからであった(ブックレットから)。
アイルランドに到来したキリスト教は東方由来だったのが幸いだった。カトリックであれば土着の信仰は根絶やしにしようとする。一方、東方キリスト教は既存の信仰に寛容で、習合さえする場合もあった。
ケルトの聖人たち、左から聖コルンバヌス(コルムキル)、聖パトリック、聖ブリギッタ
そして、アイルランドから大陸に逆布教することで、アイルランド=ケルトの文化が各地の修道院に伝えられた。コルンバヌス(ボッビオ)、ガルス(ザンクト・ガレン)、ボニファティウス(ゲルマニア)、ヴィリブロルド(エヒテルナッハ)、ピルミニウス(ライヒェナウ)はその代表的な修道院であった。それぞれのスクリプトリウムにはケルト写本が所蔵され(実際ザンクト・ガレンにはCod. sang. 51のように今もある)、新たに制作されていった彩飾写本にも採りいれられた。
アイルランドで制作、ザンクト・ガレンにある写本、Cod. Sang. 51, ca. 750
アイルランドの宣教師たちは、携えた写本を通じてアシュリンの「インスピレーション」も伝えていったのかもしれない。
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